政治も社会も経済も、およそ混沌として先の見えない状況が続いているかのよ
うな日本。かように厳しい日々が続く中、まことに辛い決断でしたが、ついに独
歩もピリオドを打つこととなり、この『父と暮せば』が〈独歩さよなら公演〉と
相成ります。長い間独歩の舞台を応援してくださいました皆々様、本当に、ほん
とうにありがとうございました !
さて、さよなら公演として上演する作品『父と暮せば』は、1994年のこま
つ座初演以来、こまつ座をはじめとする多くの劇団・グループなどの手により、
毎年のように上演されてきた井上ひさしさんの代表作の一つ。
井上ひさしさんは、今年四月に急逝され、これは我々演劇に関わる人間にとって
まこと痛恨の極みでありました。
そしてこの亡くなられた年に、独歩が井上作品を上演するという巡り合わせ・・・。
言葉にならぬ因縁めいたものを感じざるを得ません。
独歩は井上さん哀悼の心をも込めて、作品に恥じぬ舞台をしっかり創ろうとの意
を強くもち、千穐楽の日まで全総力をあげて創造に努めます。
『父と暮せば』は、戯曲として優れていることはもとより、作品の根底に貫か
れている作者のメッセージが、他ならぬ人類の手によってもたらされた原爆とい
う究極の地獄を、「今、生きている人間(或いは「生き残った人間」)は、どう
受けとめ自問すべきかと、深い問いかけをしてくる作品です。
また普遍的人類平和への渇望を、恋におちた被爆者の娘の心の葛藤をとおして
体現している世界でもあります。
こまつ座初演は、まことに感動の深い舞台となり、多くの演劇ファンから高い
評価を得ました。あれから十六年の歳月が過ぎ、この間も『父と暮せば』の舞台
で、さまざまな役者のカップルによる父と娘が全国各地で誕生しております。
私、独歩主宰の麦人にとっても、この作品の上演実現は長年の願望でありまし
た。そして2010年8月、いよいよ上演実現の運びとなり、独歩による独歩らしい
舞台創りで、あくなき平和への願いをこめ、父と娘の二人芝居をお客様にお届け
する所存。一人でも多くのお客様に観ていただければと心底から願っております。
文庫版『父と暮せば』の前口上にある作者の言葉、
《−世界五十四億の人間の一人として、あの地獄を知っていながら、「知らないふ
り」することは、なににもまして罪深い−》。
この四月逝去された井上ひさしさんのこの言葉を、独歩上演趣旨の根幹と考え、
我々は微力ながら真摯な姿勢で、『父と暮せば』の舞台に精一杯取り組みます。
皆々様、力強い応援のほど、よろしく、よろしくお願い致します !!
(独歩は終わりますが、健康な限り麦人は、今後も声優としてはもちろん、語り表
現の創造的可能性を求め、また新たなスタートラインに立って活動します。
これまでと変わらぬ皆様の応援を頂戴できれば幸いです ! )
2010年5月吉日 独歩主宰・麦 人
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