某芝居仲間のS氏曰く、 「芝居はギャンブルだな」と大きくタメ息。 彼もオノレと同じく、 自ら主宰するグループでときどき芝居を打つ。 で、つい最近の公演で大赤字を出したとか。 しかしその嘆きを耳にして、オノレはチト首を捻った。 「芝居はギャンブル」という発想をするてえことは、 S氏は芝居を打つことにより、 儲かることを考えとったちゅうことか? 自慢にもならんが、我々は個人の零細演劇団体である。 商業演劇でもなく、もろもろ公演条件や環境を考えれば、 大劇団のように二三年先まで見越して、 演劇鑑賞団体などに作品を売りこむこともままならん。 つまり今の日本の演劇状況下では、 独歩のごとき零細演劇団体が、 東京公演のみで黒字を出すは至難の業。 情けない話と笑われるかもしれんが、 オノレなんざハナッから赤字覚悟で公演しとる。 というわけで、オノレの頭に、 「芝居はギャンブル」という発想はまったく浮かんでこない。 だってギャンブルなら、たまには儲かることもあるわいな。 はてさて、なぜオノレはこないやせ我慢してまで、 およそ儲からぬ芝居を何回もするのか。 余り口はばったく説明したくはないんだが、 誤解を恐れず吐露すれば、 ただただ自分が惚れて上演したい作品を、 自分の選んだ役者・スタッフと創造したい、 ということに尽きるような気がする。 惚れた作品の惚れた役を演じ、 己の思ったように演出したいからに尽きるような気がする。 つまり全ては己自身の創造的悦びを満たすためだけなのである。 とはいえ、オノレの悦びを満たすことが、 イコール唯我独尊の世界になっちまってはアカンのだ。 オノレは己の喜びを、一人でも多くのお客様と共有したい。 出来得れば共感までもしてもらいたいのである。 故にオノレは己に可能な限りの知恵と力を絞り、 チケット代を頂戴しても恥ずかしくない舞台創りを目指す。 もちろん厳しい評価を頂戴しても、 「それでもいいかげんには創らなかった」という舞台創りを、 歯食いしばり、かつ愉しみながら目指しとる。 少なくともこの創造行程は、一か八かのギャンブルではない。 作品、キャスト、スタッフなど、すべての条件が、 それなりのレベルにあってこそ実現可能な行程である。 てえわけで、オノレは私(ひそか)に納得しているのだ。 (決して負け犬の言い草と誤解せんでくれんさい) 「オノレの悦びの為、これだけの人材に集っていただき、 これだけ高尚な世界に挑戦するのであるから…、 儲からんでもシャアナイワイ!!」と。
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