桜が散ったあとの風景というのは二日酔いに似てるな。
派手で艶やかな桜花は短命ゆえ記憶の残像に深く残る。
散歩道はいつもの見なれた風景にもどってるんだが、
おれは白と薄桃の強烈な残像の酔いからなかなか覚めない。
散歩道を埋めつくす死屍累々の桜の片。
泥に汚れたそれを見てはたと我にかえったりもするが、
またすぐ酔いにひきもどされる。
そしてわけしり顔でおれはつぶやくのだ。
「美しきものよ そは儚なし 我もまた・・・」なんてね。
ま、そんな感傷がつづくのもやはり二日くらいのもんなんだが。
1月22日、マルセ太郎さんが亡くなった。
ついに親しく話す機会を逸してしまった。
幾度かそのチャンスはあったのに、おれの消極的性格が災いしてしもうた。
正直、マルセさんの鋭い観察眼と感性におそれをなしたところもある。
そう、もしゆっくり話す機会を得たとしたら、
おれの薄っぺらでろくでもない人間性を、この人はたちまち看破したことだろう。
マルセさんのライフワーク「スクリーンのない映画館」シリーズは、
多くの一人芸史に残る至宝の舞台であった、とおれは思ってる。
「泥の河」にしても「生きる」にしても、
ある面、ほんまの映画を超えてるとさえ思う。いや、これはいかん。
かような比較をしては、おそらくあの世のマルセさんに叱られるな。
とりあげた映画そのものの素晴らしさを多くの人に伝えたいからこそ、
マルセ流「スクリーンのない映画館」は生まれたにちがいないのであるから。
マルセさんは一つの感動なり、喜びなり、悲しみを伝えるために、
誰にも真似のできない独得の切り口をもって表現した。
その顕著な表現の一つは、名作のストーリーやシーンを実に愉しく伝えると同時に、
その合い間合い間、彼自身の人生体験や文明評を巧みに挿んで見せたことだ。
この手法がおれには強い説得力で迫ってきた。
マルセさんを知らない人に、彼の独得な世界と表現をうまく伝えるに、
おれの言葉はあまりに拙い。
その幾つかの舞台はビデオになって売られているようだ。
どこで購入すればよいかおれにはわからんが、
興味をお持ちの方は自分で調べて買ってください。
マルセさんのエッセイや対談は単行本で出版されている。
これもなかなか読みごたえのある本ばかりだ。
「芸人魂」「奇病の人」(何れも講談社)「記憶は弱者にあり」(明石書店)
おれの持っているのはこの三冊だが、他にもあるかもしれない。
「記憶は弱者にあり」でマルセさんの語っていることの一つを紹介しておこう。
ぼくのなかに嘘っぱちがあったら、
「スクリーンのない映画館」なんかだれも来てくれないですよ。
それは自分とのたたかいなんですね。
お客さんは私の芸をみてなぜ感動してくれるのか。
全国ににいるファンに聞いてみたら、落語の立川談志か柳家小三次の芸、
つまりあれは鑑賞芸だと思うんですが、
あれをみる目でぼくの芸をみて、上手いなあと思っている人はほとんどいないんです。
その意味でいえば、ぼくは上手くもなんともない。
マルセの芸はちがうんです。もう密着しているわけですね。
マルセ太郎自身の生き方があって、それを作品をとおしてぶつけているわけです。
これに共感するかしないかのことでしょ。
上手いとか下手だとか、テンポがいいとか悪いとか、
そんな客観的にながめられる芸じゃないんですよ。
そういう自負心はぼくのなかにありますね。
マルセ太郎、享年67歳。合掌・・・
今年二月初演の「タイチャン」を、この五月から来年の四月まで一年間、
日暮里駅前にある邦楽ライブハウス「和音」で、
毎月第四月曜日の夜公演することにした。
(詳しくはホームページの独演をクリックしてください)
自分の公演を自画自賛するほどの自信はないが、
初演を観てくれた方から頂いた感想にそれなりの手ごたえを感じた。
で、「タイチャン」をよりオノレのものにするためにも、
また初演は4回だけの公演であったため、
観ていただけなかった方にも是非観てもらいたいとの思いは強く、
新しい挑戦をすることにした。
月一度とはいえ一年間の長丁場。
体調維持も、お客がどれだけ来るかも、
未踏峰に登るようなもんでかいもくわからん。
とにかく自分の持てる力の精一杯で頑張る。皆さん応援してつかあさい!
2001年4月なかば
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